先に断っておくと、TASTEは何かの略語ではない。「センス」「目利き」を意味する普通の英単語だ。一言で言えば、TASTEとは**「正解が複数ありうる状況で、どれが一番良いかを選ぶ力」**である。これは「SKILL(与えられた問題を正しく解く力)」とはっきり区別される概念として語られている。

身近な例で考えてみる。料理のロボットがレシピ通りに手順を実行するのは完璧(SKILL)だが、「今日のこの野菜は水分が多いから煮込み時間を5分減らそう」という、レシピに書かれていない調整ができるかどうかがTASTEである。文章でも同じで、文法的に正しい文章はいくらでも書けても、「この段落は正しいが削った方が全体が良くなる」と判断できるのは別の能力だ。ものづくりの現場でも、「この機能は今作る必要がない」「この検証はもう十分」と判断する力がTASTEにあたる。

なぜAIはTASTEが苦手なのか

AIがどうやって「上達」するのかから確認しておく。AIは大量の練習問題を解き、正解と機械的に照らし合わせて修正する、という反復練習(強化学習)によって賢くなる。数学の答え合わせ、テストの合否、コードが動くかどうか——これらはすべて「正解と機械的に照らし合わせられる」問題である(これを検証可能な報酬による強化学習(RLVR)と呼ぶ)。

しかしTASTEが問われる場面は、たいてい正解を機械的に判定できない。「この案は5年後に評価されているか」「この設計は将来メンテしやすいか」「この検証はもう十分か、それとも続けるべきか」——こうした判断には、そもそも照らし合わせる「正解」が存在しない。人間は本番環境での失敗や成功を何年もかけて経験することでTASTEを培うが、AIにはその経験の蓄積がない。

克服への挑戦

ここまでのTASTEの例(料理・文章)は、誰の生活にもある身近な話だった。しかし実際に「AIにTASTEを教える」研究が具体的に進んでいるのは、もっと狭い一分野——研究者が良い研究アイデアを見抜く力(research taste)——に限られている。理由は単純で、ある論文が後にどれだけ引用されたか、どの研究提案が採択されたかという「結果」が大量にデータとして残っており、料理の腕前や文章の巧拙よりもずっと測定・訓練しやすいからだ。以下で紹介するのは、TASTE全般ではなく、この「測りやすい一部分」への挑戦だと理解してほしい。

  • コミュニティフィードバックからの強化学習(RLCF): 同じ分野・同じ時期に発表された論文のうち「よく引用された論文」と「あまり引用されなかった論文」のペアを大量に用意し、AIに「どちらが良い研究か」を当てさせる訓練をする。これを繰り返すことで、AIを”良い研究アイデアを判定する審査役”として機能させ、TASTEの代理指標として使う
  • 制度的痕跡(institutional traces)からの学習: 実際にどの研究提案が採択され発表に至ったかという結果を教師信号にする
  • TASTE専用ベンチマークの構築: そもそも測る物差しがなかったので、その物差し自体を作る(TastyBenchなど)

TastyBenchでは、フロンティアモデル(Claude Sonnet 4.5, Gemini 2.5 Pro, GPT 5.1)は論文の引用速度予測において人間超えの精度を出せておらず、「research tasteにおいて超人的ではない」と結論づけられている。一方で、特定分野に絞って過去の採否結果で訓練したモデルは、専門家の多数決を上回るケースもあった。狭い範囲に絞れば模倣できるが、汎用的なTASTEはまだ確立されていない、というのが現状である。

いつから語られ始めたか

「良いコードのtaste」という概念自体は、AIとは無関係に2016年、Linus Torvalds(Linuxの生みの親)がTEDインタビューで語ったのが有名な原点だ。学術的には2005〜2015年頃から「tasteはAIにエンコードできない」という議論もあった。

生成AIの文脈での具体的な指摘は2022年11月、AI執筆支援ツールを使うプロの作家への調査で「LLMには自分なりの物語の意図がなく、紋切り型になる」という形で現れた。その後、2023年後半からAI製品急増を背景にしたオピニオン記事が増え、2024年11月にはDaniel Bentesの「What AI Lacks and Might Never Overcome: Taste」が話題になった。2025年1月、Y Combinator CEOのGarry Tanが「taste」を自身の決め台詞のように使い始め、2026年3月にはNew YorkerやNPRが取り上げて完全なバズワードになった。最近では「taste-washing」(環境配慮をアピールしながら実態が伴わない企業を揶揄する「greenwashing」のもじりで、TASTEを口実にAI企業が個性の欠如を誤魔化している、という皮肉)という逆張り批判も出てきている。

TASTEとAGIの関係

AGI(汎用人工知能)とは、特定の作業に限らず、人間ができるあらゆる知的作業を人間と同じかそれ以上にこなせるAIを指す、まだ実現していない到達点のことだ。現在のAIは特定の作業に強い「専門知能」であり、何を満たせばAGIと呼べるのかという基準自体、実はまだ定まっていない。TASTEを巡る議論は、まさに「その基準にTASTEを含めるべきか」という一点に関わってくる。ここが最も意見の割れるところである。大きく2つの立場がある。

立場A: TASTEはAGIの定義に含めない

実際にAGIを定量的に定義しようとした論文は、知識・読み書き・数学・推論・作業記憶・長期記憶(保存/想起)・視覚処理・聴覚処理・処理速度という10個の測定可能な認知能力でAGIを定義し、審美的判断・TASTEは明示的に対象外としている。測定できるものに絞り、主観的判断は範囲外、という立場だ。

立場B: TASTEこそが知能の本質

「判断を伴わない選好は知能ではなく、単なる惰性だ」 —— Judgment and Discernment Are Doing Different Work

噛み砕くと、「好き嫌いを口にするだけなら誰でもできるが、なぜそれが良いのかを理由づけて選び取れて初めて知性と呼べる」という主張だ。Andrej Karpathyも「知能は安くなるが、理解(understanding)は希少であり続ける」と述べている。生の処理能力がコモディティ化するほど、TASTE(何が本当に優れているか見抜く力)が相対的に重要になる、という見方だ。

結局のところ、TASTEなしでAGIが成立するかは定義次第である。ベンチマークで測れる認知能力を満たせば「AGI」と呼ぶ立場ならTASTEなしでも成立しうる。しかし「未知の、正解のない状況に対応できる汎用性」こそがAGIの本質だとする立場では、TASTEはまさにその判断力そのものであり、切り離せない。

TASTE以外にAGIが克服すべき課題

専門家(Ilya Sutskever, Andrej Karpathy, Richard Suttonなど)が一致して指摘する、TASTE以外の未解決課題も多い。

課題内容
長期記憶の獲得実測でGPT-4/GPT-5とも、新しい情報を学習・定着させる能力が「ほぼ0%」
階層的プランニング入れ子構造になった複雑なタスクの計画は未解決
世界モデルの欠如「Aの次によく出てくる言葉はB」という統計的な予測は得意だが、「Aが起きたからBが起きた」という原因と結果の理解には基づいていない(次の単語を当てるゲームが得意なだけ、に近い)
ハルシネーション記憶からの想起時に、事実でないことを事実のように生成する
自律的な行動LLM単体は情報を処理するだけで、実行する主体性がない
サンプル効率人間はごく少数の経験から学べるが、LLMは莫大なデータが必要

専門家の合意は「スケールを増やすだけではAGIに到達しない」という点で一致している。ただしTASTEは、この中でも毛色が違う。他の課題は「まだできていないが、いずれ技術的に解決できそうな機能不足」であるのに対し、TASTEは「そもそも何を目指せば正解なのか」自体が曖昧な、もっと根っこの問題だ。

TASTEの奥にあるもの — 直感・想像力・知恵

この根っこを掘り下げると、2000年以上前の哲学に行き着く。アリストテレスは、真理に至る道を5つに分けた。

用語意味
techne(技術)ものを作る技能。SKILLに近い
episteme(知識)普遍的で証明可能な知識。LLMが大量に持っているもの
nous(直感)個別の事象を直接つかみとる力
phronesis(実践知)個々の具体的な状況で何をすべきか判断する力。経験に基づく熟慮を伴う
sophia(知恵)より深い、普遍的な洞察

近年のAI批判で印象的なのは、「AIの作り手はepisteme(知識)をphronesis(実践知)と取り違えている」という指摘である。LLMは事実的な知識は膨大に持っているが、それは生きた経験や倫理的な形成に基づく熟慮であるphronesisとは別物だ、という批判だ。

「直感(intuition)は知覚を助け、taste(センス)は選択を助け、discernment(見極め)がその2つを統合して良い判断にする」 —— Harvard T.H. Chan School of Public Health

別の文献では、「research tasteとは、積み重ねられた直感(accumulated intuition)に基づいて方向性を賢く選ぶ力」とも定義されている。つまりTASTEは経験によって鍛えられた直感であり、そこに想像力・直感という「発想を生み出す力」が加わって初めて、実践知(phronesis)=知恵に近いものになる、という理解ができる。

整理: 直感・想像力(発想の源) → TASTE(選ぶ力・フィルター) → discernment/phronesis(2つを統合した実践知)という3層で捉えると、TASTEは「知恵」そのものではなく、知恵を構成する重要な一部、という位置づけになる。

おわりに

TASTEは、SKILLとは明確に区別される「選ぶ力」として近年急速に語られるようになった概念だが、AGIの定義に含めるべきかどうかは研究者の間でも意見が分かれている。測定可能な認知能力に絞ってAGIを定義する立場もあれば、判断力(TASTE)こそが知能の本質だとする立場もある。どちらが正しいというより、「知能とは何か」という問いそのものが、TASTEを巡る議論を通じてまだ更新され続けている、というのが現状に近い。

参考文献

  1. Why LLMs (still) lack taste — Beyond the Prior
  2. AI Can Learn Scientific Taste (arXiv:2603.14473)
  3. LLMs learn scientific taste from institutional traces across the social sciences (arXiv:2603.16659)
  4. TastyBench: Toward Measuring Research Taste in LLM
  5. What AI Lacks and Might Never Overcome: Taste
  6. Applying the Linus Torvalds “Good Taste” Coding Requirement
  7. Creative Writing with an AI-Powered Writing Assistant (arXiv:2211.05030)
  8. A Definition of AGI (arXiv:2510.18212)
  9. Judgment and Discernment Are Doing Different Work
  10. Sequoia AI Ascent 2026: Andrej Karpathy
  11. Ilya Sutskever’s New Playbook for AGI
  12. Everyone Is Talking about AI & Phronesis. No One Knows It.
  13. Essay: Intuition and Taste in the Age of AI — Harvard T.H. Chan School of Public Health
  14. AI & wisdom 1: wisdom, amortised optimisation, and AI
  15. Why AI may undermine phronesis and what to do about it